こころのしっぽ

裏めしや
3分半
娘が公立推薦の実技試験でドラム演奏する時間。

私立入試が終わり、無事合格してから二人で考えた3分半。
娘は毎日、3分半を延々と繰り返し練習している。

明日本番、大人達に無限の3分半が届くように祈る。



最近ネットでの表面的な繋がり、手っ取り早いコミュニケーション、薄っぺらな感情表現を疑問視する声があちらこちらで挙がっている。
今朝もとても心に響く日記を読んで自分もずっと前から感じている事に改めて気付かされたので書きたい。



「だから、会わなきゃ駄目。遠かろうが近かろうが、怖かろうが何だろうが、気になる人としゃべんなきゃ。人生もったいないよ。と、俺はそういう方針だ。

便利さや気楽さに逃げておいしいところを忘れてる。だから勃起感もない。生きてる感じがしないのだ。

しゃべってる感じその感じ、まあ、その感じは、会わなきゃわからん。俺は馬鹿だから、会わなけりゃ、その相手とどだい合わないことがわからん。突っ込まなけりゃうわべしか見えん。やっぱり、いいなあ。こいつこの野郎メ。そんな感じがほしくて出かけていくのかね。俺は。」

(勝手に引用して申し訳ありません、今皆が懸念している事を一番真っ直ぐに言葉にしておられましたので拝借いたしました)


まず、俺はこの人と本気でぶつかったか、そう思った。
この人はいつも本気で本心で居る人だからとてつもないパワーが宿っている。
その人と対峙した時、俺は俺のままの俺なのだろうか?
この人が本気でぶつかって来ようとした時、俺は本気の俺です、という俺で臨めるのだろうか?


そしてその次に、ネット上での近しい者との付き合いのあり方について考えて居た事をこの際吐露する。
実際極近くに居る人間同士、いまだ新年の挨拶も無い。
ネット上で紋切り型の挨拶を済ませた相手にいたっては、現場で会っても、もう済んだ事としてなおざりになっている。
自分にも言えることだが、面と向かっての挨拶が億劫で不得意なのに、ネット上での饒舌は甚だ赤面に至る。
ネット上、電話回線上の繋がりや約束結束労いなど全部うわべだけの事、仮想の人間関係に過ぎない中で、品物が飛び交わない中元や歳暮のようなもの、何かで繋がっときたい、繋がっとかなきゃってところか。
それが分かっていてあえてその繋がりに甘んじる、もしくは留まっているのなら仕方が無い。
それだけの関係なのだろう。
残念だけれど、自分の回りにしろあまりにそのような関係が多すぎる。
ともすれば今の社会を形成している人間関係の実態の殆どがそれなのかも知れない。
くらげみたいにフワフワして透明で実体が在って無い様な。


娘は明日初めて会う教員達の前で3分半に命を賭けた姿を晒す。
3分半で自分の全てを分かってもらうようコミュニケーションのボリュームを全開にする、何のためらいも無く。

3分半、それだけの時間俺たち大人が本気で会話する事ができれば、相手の事が自分の事がお互いに見えてくるのに充分すぎる時間だろう。
俺はこれから脚と顔と声と時間を真剣に本気で使うよう心がけようと思っている。
もう折り返したしあと倍という計算は当てはまらないだろうから、もっと人生を謳歌するために今日拝借してきた日記に書いてある事を忘れずに行こうと思う。


中学生の女の子が3分半に命がけになっている。
俺たちも3分半に命がけ、そんな付き合いをして行こうじゃないか!




| ぱつぷ | - | 11:14 | comments(3) | - |
こっそりと
ノムケンのHPで紹介してもらいました、だるまのとなりの雑貨屋がオープンした感じになったりしたのでコンセプトなるものを考えてみたところ『リサイクル』う〜んやはりリサイクルっぽいよなアンティークって響きは甘美だけれどもおこがましい感じだし結婚式の引き出物の流れたやつって感じでもない全く微妙な品物ばかりが並んだ陳列棚は俺と嫁さんの趣味の感じが溢れかえった感じでただそれだけの感じの物が倉庫の中に溢れかえってしもうたので今回軽く並べてみましたって感じのスタンスではじめようと、そうそう買った時より安い感じのものばかりですまさに俺が損するリサイクルって感じなのねあのねそんで古いものと暮らすそんな感じの人が少しでも広まっていくと流行とか廃りとか森とか魔女とか関係なく日本人もっとお金の使い方が上手になってさらに日本人らしい奥ゆかしい暮らしぶりに立ち返ることができるのではないかなどとイランお世話を考えるも虎視眈々














| ぱつぷ | - | 10:47 | comments(2) | - |
ラウンジサウンズ 燃やせ内臓脂肪!
昨夜のラウンジサウンズ、来てくれた人たちありがとう!

今年一発目の福岡やし2907831とタイバンでつう事で気合と共にプルプルするよ、プルプル。
奴らも普段大牟田でタイバンする時とはちょっと違う、そうじゃなきゃあたいが嫌なのよ!
コンニャローだ!コンニャローって来るから、コンニャローって返す、それが楽しいきっとプルプルの素だね。
他の奴には分からない精神世界の攻防戦、奴がカミーユ、俺はシャアとでも言わせておくれ、ああ、いつの間にか戦友だな、音楽って楽しいね、ライブって良いよね、キングサイダーのストレートなロックンロールが清清しいよね、
そんな清清しい演奏の彼らは人柄も清清しかった、ああ〜君はまるでサイダー♪良い曲だねサイダー昨夜は演らんかったね、其処に作為的なものを感じるのだよカミーユ君、ベルベットピーチセブンのドラマーは以前から気になっていた人、娘に是非とも見せたいドラマー、その音やバランスが絶妙、絶妙なのだよカミーユ、と、ここまで書いた、書いてたらPCが突然バシュって落ちた、何?なに?ナニガオコッタノ・・・電線を辿ると嫁さんの手に引っこ抜かれたコンセントが・・・

酢だこさん太郎を買いだめしてますし、今日はお休みですからのんびり行きましょうね。

動け!狂え!吼えろ!吼えんかいっダメ介!!! まだ若けえくせに一息つきやがって、こちとら3曲目ですでに天国の入り口が見えちまったんだ、息継ぎが分からん頭がクラクラして、おい!フォローせいや、セイヤッってやらんかいセイヤ!シゲさん観てんぞ!搾り出せ、搾れ俺!まだまだ出るぞ〜燃えるぞ内臓脂肪!セイヤ!セイヤ!HEDGEHOG セイヤ!盛りあがっとるぞ!セイヤ!セイヤ!最後まで楽しかった〜遊ぼうぜ!良い言葉だ、天国のばあちゃんと健くんと遊ぼうぜって妄想天国届いた?でもやっぱシゲさんがシャウトする遊ぼうぜ〜!がいっちゃんカッコよかね、おっとカミーユ、クアトロと呼んでくれたまえ、せっかくのダイエット掻き揚げソバ、替え玉しちゃぁお終めえよぉ、すっげー坂の天辺に殿は住んどって其処から福岡のシーンを見渡しているのさ俺たちの事も。



雄太郎さん帰りのコーヒーありがとう、今日も生きてる、貧乏ゆすりしよるよ今、BOΦWYとBOOWYの事を考えよっとよ、俺は果たして此処に散髪に行くべきとやろうか




| ぱつぷ | - | 11:43 | comments(9) | - |
1.26 ラウンジサウンズに咲く赤い花
気合を入れるために炎の男K君は坊主になる。
家のバイトのK平は意味もなく坊主になって、まるでまりもを頭に被ったご当地キャラみたくなった。

俺は、坊主にはならん主義だけど気合を入れる時は絶対赤パンツ!



1/26(火)「ラウンジサウンズ」at VooDooLounge
19:00開場、19:30開演
料金1500円+1ドリンク
出演)
 1)2907831
 2)ザ・キングサイダー
 3)ベルベットピーチセブン
 4)一銭めしや
 5)HEDGEHOG
司会とDJ)ボギー

ハイテンション&ハイエナジーで全員ぶち殺す勢いの大牟田ロック総本山バンド一銭めしや。

絶妙なバランスセンスとPOPセンスで注目大の大牟田産スリーピースバンド、2907831。

福岡屈指のパワフル・ドラマー、パンテーン中嶋のNEWプロジェクトとして動き始めた新生ベルベットピーチセブン。

魂の投げっぱなしジャーマンスープレックス・博多発ロックバカ集団、HEDGEHOG。

一度聴いたら忘れないシンプルイズベストな楽曲が魅力のロックバンド、ザ・キングサイダー。



日常の憤りや対人への不満、暮らしていくうえでままならん事は山ほどある。
が、もう小さき事に振り回されるのは御免である。

俺はバンドマンだから、ステージで吼えていればいい!

今年もまた、何事にも全力!
真剣勝負! しよーゼー!!!



| ぱつぷ | - | 11:01 | comments(0) | - |
寒い
このところ異常に寒い。
全く何年ぶりだろう、こんなに寒いのは。

寒いと肩がこって、首がしびれて、頭痛がして、とにかく体調が悪くなる。
右手は腱鞘炎、左肩はいかれてる、ここまで来るともうどうにでもなれって感じで、
体調不良に無視を決め込んでいる。

下の娘は学校から市民マラソンに半強制参加させられて毎日ナーバスだ。
片時も1.6キロという数字が頭から離れないらしく、何かにつけ「はぁ〜」と、ため息をつく始末。

上の娘は受験勉強のストレスから身体中に湿疹ができて気持ち悪い。
正直言って近寄って欲しくない。

おっかあはばあやんが死んでからというもの、すっかり神秘的なことばかり口にするようになって、はっきり言ってめんどくさい。
例えば探し物をする時、ばあやんに念じると見つかりそうにないような所からひょっこり見つかったり。
仏壇の鐘が ち〜ん! と鳴ったり、何もしていないのに遺影が揺れたり。
極めつけは、昨夜寝ていたらばあやんが髪の毛を引っ張って自分の存在を知らせてきたというのだ。
なぜ髪の毛を引っ張る? よっぽど恨んでいるとしか思えない。
多分実際は、ベッドの棚の端っこかなんかに髪の毛が引っかかったのだろう、その程度のことを、さも大げさに神憑り的に話すおっかあは、小学校とかに必ずいる、何かというと保健室に行きたがるあの面倒くさい奴を見ているようで俺をイライラさせる。


寒いし、暇だし、仕事をしたくないので、今お部屋に逃げ込んで、どうでも良いような事を書いている。


とにかくこう寒いと何もする気がしない。
もう、温風ヒーター顔面直撃で唇がカッサカサさ。
おや?喉も痛くなってきた・・・



| ぱつぷ | - | 20:36 | comments(0) | - |
今年一発目!
昨夜は大牟田で今年一発目のライブでした。

前衛的な演奏をするバンドが、出演バンド5バンド中3組。
しかもSISTER IODINEはフランスでも有名なフレンチ・エクスペリメンタル・ロックのパイオニア的存在。
さらに谷口マルタ正明さんとご一緒できたことは光栄至極。
知れば知るほど緊張が高まる。
省ちゃん、これ以上情報いらんよ 笑

そんな中、谷口マルタ正明さんのMCで 「皆色んな音楽が好きなんでしょ? それが良いと思います」
その言葉で昨夜の一銭めしやの存在の意味が明確になった。
ノイズアーティストを前にどう攻めるか、などと力んでいたが、
余計な力が抜けた。

ど〜んといってみよ〜う! 楽しもう! などと嘯くわれら

言うのは簡単だが、境地に達するのは難しい。
出番前、さすがに拳を合わせたり円陣を組んだりはやらないが、意識の確認は怠らない。
演奏は一人じゃないから、見渡せばどんな時でも仲間が横で必死に演奏している。
そんな形相があまりにも修羅な時は思わず笑ってしまうが、同じ意識で同じ出口を目指すその時間と仲間は、本当にかけがえのないものだと思う。

zeroreality(山口) とのタイバンは個人的に楽しみだった。
今回は体調不良などで7人中3人がライブに参加できなかったらしい。
ぜひ、7人そろった時の演奏を観てみたいと思う。
そしていずれは大牟田のバンドで山口遠征がしたい。
乗り物遠足みたいできっと楽しいだろうなあ・・・


娘にSISTER IODINEのTシャツとエコバッグとCDを購入。
完全に沈没していたSISTER IODINEのメンバーを谷口マルタ正明さんがわざわざ起こしてくれて、Tシャツとバッグにサインをもらってくれた。
我が家のミーハー的なコレクションがまた一つ増えた。



| ぱつぷ | - | 13:17 | comments(0) | - |
それでも正月はやってきた
年が明けた、何か区切りとか合図とか何もなく、今年の正月はズルズルって感じでやってきた。

28日の夜おっかあが、ばあやんの容態がどうもおかしい、と言うので、仕事が終わって12時ごろだったか、子供たちを連れ病院に様子を見に行った。
入院して3ヶ月、一切食べ物飲み物を受け付けなくなり、点滴だけで生きている。
顔はむくみもはや誰だか分からない。
脳梗塞をおこしたようで、右手がだらりとしてスポンジの人形みたいだが、本人意識がないので本当のところが分からない。
肩で息をしている、酸素吸入の管が口に入っている、痰が絡んでいる、涙が乾いている、病人特有の臭いがしていた。

その日はそのまま家に帰った。
29日になり夜中2時半に電話で起こされる。
呼吸が止まりそうだとのこと、急いで飛び起きるが眩暈がしてしたくが一向にはかどらない。
早く行ってあげなければ・・・


病院に到着、ばあやんは既に呼吸を止めていた。
3時9分、大正9年に生まれ89年の人生を終えた。
ベッドの周りには俺とおっかあと嫁さん、寂しいようだがばあやんの兄弟たちももうあの世に行っていたり、片足突っ込んでいたりで。

おでこを触った、まだ温かかった、今まで息をしていたばあやんが、呼吸を止めたとたんに死体になる、物と化す。
それはばあやんだとは思えなかった、思わなかった、誰か違う人の話のようだったし、俺の存在もなんだか白々しかった。
葬儀屋に電話した、4時にはやってきて、物と化したばあやんを布でぐるぐる巻きにして持っていった。

朝から葬儀場に行きお経をあげてもらい、そのまま段取りや式のグレードやなんかの打ち合わせに入る。
何もかもがシステマチックで自分たちやばあやんの存在が軽んじられているようなそんな気がしてならなかった。
やくざに憧れた。

湯かんの儀というものを目の当たりにした。
送り人というやつだきっとこれが。
綺麗な女の人が二人でやってきた、大きなバスタブを持ってきてばあやんを洗ってくれるらしい。
その立ち振る舞いはとても優雅で優しさが溢れていた。
俺もおっかあも最後にばあやんを風呂に入れてあげれなかったのが心残りだったので、これで少なくとも悔いを残さずにすんだし、おまけに丁寧に死に装束を着せてもらい、顔を剃ってマッサージして化粧までしてくれた。
ばあやんの顔が心なしか気持ち良さそうにしているように見えた。

親戚もすっかり歳をとって、人数も減り、おまけに車で来るもんだから、夜伽が盛り上がらない。
例えるなら葬式のようだ、葬式だけど。
俺と弟と親戚のおばちゃん二人で線香を絶やさないように守った。
俺はリースの布団代をケチって、凍えそうな目にあった。

通夜、夜伽、朝のお膳、葬式、火葬、初七日、精進上げ、目が回るように忙しい、悲しんでいる暇などない。

30日、灰になったばあやんを連れて家に帰る。
多分ずっと家に帰りたかったのだろう、入院したくなかったのだろう、ごめんねばあやん。
皮肉なもので、生きていた頃はばあやんの部屋にわざわざ寄って話なんて滅多にしなかったのに、今は仏壇の前に皆集まり、皆が皆ばあやんに話しかけている。
なぜもっと、生きているうちに話をしなかったのだろう、なぜもっと優しくできなかったのだろう、なぜ入院させてしまったのか、なぜ傍に居てあげなかったのか、悔やんでも悔やみきれない後悔があとからあとから溢れてくる。

仏壇を守る、世話をする、という気持ちが分かるようになった。
ばあやんが仏壇に入ってから、あの死体よりも何よりも今は仏壇にばあやんの存在を感じている。
そして人に優しくすることの本当の意味が分かったような気がする。
人間はここまで悲しい想いに出くわさなければ、そんな簡単なことさえ分からないのだろうか。
でも実際はそうなのだと思う、どんなに老成した人でも悲しみを乗り越えた人には到底及ばない。
人は悲しみを乗り越えた分だけ人にやさしくなれるのだろう、ばあやんも凄くやさしい人だった。

目を閉じる、ばあやんの思い出を思い出す、胸が苦しくなる、考えることを止める、こんなことを繰り返して31日はだらだら過ごしてしまい、大掃除の予定もうやむやにして正月がやってきた。
今年は下の娘とお風呂で年越しの瞬間を向かえ、どんべえを年越しそばがわりに皆で食った。
ばあやんが居ない正月は心にぽっかり穴が開いたようだ、よく聞く話だけど本当のことだったんだなあ。


もう一度だけでいいからばあやんにあいたいなあ。







| ぱつぷ | - | 01:35 | comments(4) | - |
今年もあと僅か
師走は何かとせわしい。
あんた、関係ないやろ? って感じのおばちゃん達まで車の運転が荒い。

俺は正月前から太っちまって今ちょっとブルー。
我慢しているつもりが、この年末の我が家、なぜかお菓子が豊富に買いだめしてある。
夕食を腹八分で止めても、甘い物で結局毎晩MAXになってる俺の腹はかなり見事に育っている。

クリスマスは夜の営業を休んで子供達と過ごした。
嫁さんと下の娘が昼からミートソースを煮込んでいたので、
パスタにかけてバカみたいに食った。
カリオストロの城のときのルパン超えやったと思う。

久々の早い時間の食事は思いのほか消化が早く、いつもの夕食の頃にはもうお腹がすいてしまった。
で、お菓子やケーキやら、俺パンとか食って、結局いつもより一食多いような感じになって益々太鼓腹に磨をかけてしまった。
やはり生活はリズムが大事なんだという事を思い知らされた。

BOOWYのバンドのサード・コンタクツが24日の夜中、イブからクリスマスにかけて厳かに行われた。
皆、大事なイブの夜を犠牲にしてでも上手くなりたい、BOOWYに少しでも近づいていきたいという気持ちが溢れていて、真冬のスタジオは男の熱気でむんむんやった。
俺たちのような基礎がしっかりしていない連中は、バンドを楽しむって事が良く分からない。
つまり、50CCのバイクで常にフルスロットルの状態で回りの景色を眺める余裕がないような感じで常に必死なわけだ。

俺は焼きそば屋でありながら、焼きそばUFOの特大サイズを隠し持っている事で心の均衡を保っていた。
子供達も暗黙的にこの焼きそばUFO特大サイズには手をつけない。
家族は親しいものだが、これはやっちゃいけない! そのような境界線というものはあるもんで、小学生でさえその空気的なものは読めて当然というものだ。

昼の仕事が終わりかけた時におっかあがフラっと二階に上がっていった。
しばらくすると 「ギャー!」 って絶叫と共に上の娘が階段を駆け下りてきた。

「ぱぱ、ぱぱ、みっちゃんが、ぱぱのUFO食べよらすよーーー!!!」

俺はズバっと身を翻し階段を一気に駆け上がり台所へ直行、
するとそこにはラベルの剥がし方、お湯の注ぎ方の順番1.2.3.を全く無視して乱暴に蓋をむしられた俺の焼きそばUFO特大サイズをテーブルに突っ伏して今まさに覆い隠さんとするおっかあの姿があった。

「てめーっ! ナニ食ってやがんだー!」

するとおっかあ泣き出しそうな声で

「返すけん、返すけん、買うて返すけんんんん」

と悲痛にうったえる。
俺は呆れて返す言葉もない。
なぜかといえば、日ごろのおっかあの口癖は

「UFOね、私は後味が嫌やけん絶対食べんとやん」

と、ぬけぬけと仰っておられるわけで、その言葉が信じられんとなると、その人の根底にある信用というものの土台が揺らいでしまって、俺はもう、いや、前からだったが、自分の母親が心底信用できないで、考えれば考えるほどイライラが募り、全く精神状態が不安定なままここ何年も苦しんでいるわけでございます。

| ぱつぷ | - | 14:46 | comments(0) | - |
2009年最後のライブ!
22日のラウンジサウンズは一銭めしや今年最後のライブだった。

前日の練習から凄くテンションが上がって気分が良かったので当日はめっちゃお洒落した。
出かける前にお店の大掃除の前準備みたいな事をやって更に気分も晴れやかになり意識がシャキっとしたね。

会場に到着、すぐにリハーサル。
ボギーさんがブードゥーに到着、
入り口を入っただけでブードゥーの張り詰めた空気を察知する。
もう出演者が皆、彼の術中にはまっている。


ドルメンズはずっと観てみたかったバンドで、今回のタイバンは凄く嬉しかった。
途中、舞踏が加わってからバンドのテンションが跳ね上がった。
実はもっとブリティッシュな感じを自分勝手に描いていたのだけれど、
実際は違っていてかなり重みのあるサウンドを持ったバンドだった。
でもムソーさんの世界観がぷんぷんしていて、これまた緊張なしに観れない感じがした。

イグアナズの地元は大牟田じゃないの?
ってくらい大牟田にファンの多いアナズのズルちゃんだけれど、この呼び方は禁止されてしまった。
演奏は究極にテンションを抑えたドラムが今回凄く際立ってギターをリードしていた。
毎回隙のない演奏、曲間まで奏でてしまうイグアナズのライブは観ていて凄くいやされる。
でもライトで陰影の出来たナカジくんの顔は怖い。
俺は出番前でトイレに居て最後のインストの曲を聴いていたのだけれど、
最後の最後、音が消え入るまで気持ちを注いだディレイに思わず、コシャクナ・・・と、呟いてしまった。

一銭めしやは完成されてはならない、じょうずにまとまってはならない、つまり絶妙な下手くそさ加減を求められるバンドなのだと思うに至った。
でも、でも、でも俺は思いっきりキメキメで格好つけまくる。
それが一周してまたいとをかし・・・
でも分かって欲しいのは、『俺たちは分かってる子』 だということ。
何がなんだか分からずにハチャメチャやっている訳ではないのだからぁ〜
観に来ていた娘に 「もっとやれたんじゃない?」 ってダメ出しをもらって少しカチンと来るところなんか、超カワイイと思うんだけど。
最近のBOOWYのトレーニングが功を奏してか、動きの随所随所に氷室が!
みっちゃんは気付いていたようだ、スルドイ。


死の舞踏は凄い世界観をぶつけてくるのだ!
ナカジくんからの前情報もあって、分かってはいたけど実物は凄かった。
イグアナズのバックボーンをタイムマシンで体験しているような気分になった。
ナカジくんは終始嬉しそう、分かるぜ、分かるぜその気持ち、俺も何年か前の正月に思いっきり体験したよ!
ボギーさんも、まだまだ居るんだなあ(いいバンドが)と、呟いていた。
ボーカルのインダストリアルな声(乳太郎談)に一瞬で持っていかれる。
バンド編成が間もない為スパっと終わってしまったが、もっと観たいと思った。
このようなモンスターに出会う事は滅多にないので、今年最後のライブに凄いメッケもんだった。

余談、ベースの方の息子さんに汚れのない眼差しで 「おい! お前はROCKになれ!」 と言われた。

「ボーイ、イイ線いってるけどちょっと違うぜ、実はもう俺、ROCKシテルゼ〜〜〜〜〜」 笑)


フリーマンとタイバンできるなんて!
しかもテッポーシンの朝田くんがギターで参加しているし、これはもう儲けもん。
娘はこの時相当興奮してた。
凄い良かったと、帰りの車の中でもしきりにフリーマンの好きなところを並べていた。
滅多に観れないバンドをタイバンとして観れるなんて、これがバンドマンの特権と言うか、醍醐味の一つだね。
俺の拙い表現で申し訳ないが、暴力的なベースに不協和音が絡み合う中に時たま見え隠れするメロディーがドブに咲く一輪の花を見つけたような感覚、これは内在するパンクの本質だと思った。
娘同様親子で興奮した。


今年最後のライブをブードゥーで〆ることができて本当によかった。
まだまだ体の動く限り、這ってでもステージに上がってやる。
明日はBOOWYのサードコンタクツ、


燃えろ俺の小宇宙!









| ぱつぷ | - | 21:29 | comments(5) | - |
餅を考える元餅屋
ああ、もういくつ寝るとお正月・・・

今年は餅をどうしよう。
去年まではお餅屋さんやったから、餅のことなんて考えたこともなかった。
今年からは餅も買わんければ、食う事もできん。
そう思うと正月に餅は欠かせないもののように思えてくる。

小学校の2年生から餅つきに参加していた。
高校生になってからは、餅つきのアルバイトは俺の友達だけでやっていた。
朝から夕方まで餅をついた。
ばあやんもじいやんも元気やった。

家に正月らしい正月はなかった。
餅も全部売っぱらっちまって、お飾りなんて飾れたためしがない。
でも家が作ったでっかい10舛發△覿戚澆どこかのお寺に飾られていると思うと
それだけで霊験あらたかであるような気持ちになった。

今年は家族してアレだけ否定していた真空パックの鏡餅を買うのだろう。
そしてかつては天井まで積み上げたもち米を朝から晩までぺったんぺったんやっていたことさえ忘れてしまうのだろう。
今でも顔なじみのお年寄りが餅の注文にやってくる。
そっか、まだ看板下ろしてないもんなあ・・・


おいおいおい!

しんみりしちまった 笑)
こんなんじゃ良い正月は来ん。


今は季節の行事に携わるお仕事ではないが、少なくともお客さんの喜ぶ顔を間近に感じることのできるありがたいお仕事で食っていくことができている。
これは永年縁起物をどつきまわし、こねくり回し、丸めたおした事へのご褒美だと思う。
じいちゃんの代からの商売がずっと繋がって今に至っているのだ。

ありがたや、ありがたや。





| ぱつぷ | - | 10:01 | comments(0) | - |
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