こころのしっぽ

裏めしや
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パーマちゃん
昭和40年代から50年代の初め頃まで大牟田松屋デパートは、朝、昼、夕、夜、一日4回、オルゴールのサイレンを鳴らしていた。
中でも僕は夜10時に聞こえてくる 『菩提樹』 の音色が好きで、近所の商店街の反対でなくなってしまうまで、毎晩耳を澄ましたものだ。

当時まだ這い這いの頃の僕は、すぐに怒鳴り散らす親父から非難して、家に間借りしていた大叔母の部屋に住み着いた。
僕は何時しかパーマ屋を営むその大叔母を 『パーマちゃん』 と、呼んでいた。
子供のいなかったパーマちゃんは、それはたいそう僕を可愛がって、まるで自慢のペットのように着飾らせて、あらゆる場所に連れて行きたがったそうだ。
僕の母はそれを、無責任な愛情と言って、あまり良いようには語らない。
傍目はそうでも、物心ついた僕にとっては一番の心の安らぐ場所、当時の僕にとって一番優しい人だった。
毎日一緒に食事をして、一緒に入浴し、一緒に寝ていたそうだが、今となってはほんの一週間か二週間の出来事のようで、実際は2歳から幼稚園に通いはじめる5歳までの3年間をパーマちゃんの狭い部屋で過ごしたらしいのだが、思い出すのはタマネギしか入っていない味噌汁と、布団の中で耳を澄ました菩提樹だけなのだ。

そのパーマちゃんが先日亡くなった。
正確にいえば、亡くなっていた。
世に言う財産問題で僕ら兄弟は祖父の葬式では親族の席にすら座れなかった。
例えば僕らがどんなに大騒ぎしようが、敏腕の弁護士を雇おうが僕らに財産をもらえる権利などこれっぽっちも無いと言うのにだ。僕は自分のじいさんをトイレに連れて行こうとしただけで、したたかな野心家を見るような目で見られなければならなかった
パーマちゃんは祖父の姉で、僕とは血の繋がりのある人なのに、財産の繋がりを断ち切られた僕らはもう用無しとみえて、亡くなった事、通夜、葬式の誘いも何も無い。
パーマちゃんにとって僕がどれだけ特別な存在だったか知らない人はいないはずである。
現代の人を送る儀式は、本当にその人の死を悼む者にとっては相応しくない場所なのかもしれない。


夢を見た・・・

ダブルベッドに亡くなったパーマちゃんを横たえて、その横に僕は寝そべっている。
パーマちゃんの顔には白いベールがかけてある。
薄いシルクのようなベールから透けて、目を閉じたパーマちゃんの表情が伺えた。
僕の知っている、40半ばのまだ若いパーマちゃんだ。
僕はさらに僕の隣で寝ている奥さんに話し掛ける。
「見てごらん、パーマちゃん眠ってるみたいだ」
奥さんは頷いてまた眠ろうとする。
僕はもう一度パーマちゃんに目をやる。

すると・・・

死んでいるはずのパーマちゃんは、胸の辺りに置かれたハンドバッグ (生前愛用したものなのだろうか?) を両手でつかみ、すぅーっと自分の枕の上に置きなおした。
僕は、ホッとしたような怖いような複雑な気持ちになって、必死で奥さんを呼んだ。
傍らの奥さんを揺り起こそうと揺さぶるが、全然反応が無い。
僕はあまりの恐怖に、奥さんの頬を何度も何度も張ったが、それでも奥さんは眠ったまま微動だにしないのだ。


僕は飛び起きた、夜中の3時33分だった。
冗談じゃない! これじゃまるでオカルトだ。
しかし、一度恐怖に支配されると、どうやっても気を持ち直すことは難しい。
やけに鼓動が速く、背中がむずむずして誰かに見られているような気配すら感じた。
僕は傍らの奥さんに必至でくっついて、上手い事起きてはくれないかと様ような策でアピールしたが、奥さんのいびきばかりが薄暗い部屋の天井に響いて、いつまでやっても微動だにしないのだ。



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